道すがら≪後篇≫AFRO IZM ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~≪後篇≫~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「もうすぐ開幕だな・・・」 桜火は棒を両手で持ち、頭の後ろで首にかけるように持ちながら呟く。 「う~、緊張してきた、それより桜火、その棒はやっぱり狩りの武器だったんだな?」 その横でリョーが桜火の棒の先端に付いた装飾品に触る。 「あぁっ、それ触ったらマズ・・」 ―ボワッ― その棒に付けられたほのかに赤い装飾品から数瞬、炎が舞い上がる。 「アッチィィィィ!!」 リョーは左手を頭より上に挙げ、右手で左手の手首を握り、ふるふると小刻みに震えている。 「遅かったか・・・、ほれ、氷結晶」 そう言って桜火はポーチから氷結晶を取り出し、リョーに渡す。 氷結晶とは、寒い場所や洞窟で採集できる鉱石で、 その結晶は常温程度なら溶けることはなく、半永久的に凍ったままの結晶だ。 この結晶の謎を解明すべく、時の学者は立ち上がったが、いまだにそのメカニズムは解析されていない。 「うぅ、火が出るとは思わなかったぜ・・・」 氷結晶を左手に当て、リョーは後悔の念を込めた声を発する。 「それよかリョー、アンタのそれ、こないだ言ってた“大きな武器”だろ?」 「おぉ、これな・・・」 そう言ったリョーの腰には、先が尖った〔ホウテン―紫閃光(シセンコウ)―〕と銘打たれたランスが差してある。 左手には大きな紫色の盾を装備していた。 「それランスか?にしちゃちょいと小型だな・・・、見せてくれよ」 「スト~~~~ップ!!」 リョーはランスに触ろうとする桜火を大きなリアクションで制止する。 「な、なんだよ?」 「戦闘開始までは ヒ ミ ツ だ」 「ほぉ~~~~、ほんなら期待しちゃおうかなっ」 そう言って桜火は辺りを見回す。 「お、あれは・・・よ~サイクス!」 桜火が手を上げた先には、サイクスが歩いていた。 「相棒は参加しねぇのか?」 桜火はサイクスの近くに寄り、話しかける。 「アイツは参加しねぇよ、それより気安く話しかけるな、お前みたいな馬鹿の仲間だと思われたくない」 「阿呆、“頭がキレる”と言え“頭がキレる”と」 「フンッ」 サイクスは桜火を無視し、入り口付近に歩いて行く。 「な~んだアイツは、相変わらずだな」 「お前はまったくわかってねぇのな・・・」 リョーは氷結晶を左手に当てたまま、桜火の後ろで呟いた―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「お、どうしたジン?」 シドが見た先にいたのは獣人族のジンだった。 ジンは木の板と金槌を手に持ち、工房の窓を見上げていた。 「ニャ~、窓を補強しようとしたら、窓が高くてボクの背じゃ届かないのニャ」 「なんで窓を補強するんだ?」 シドはジンを肩に乗せ、理由を聞く。 「工業区にはリオレイアが放たれると仲間から聞いたニャ~、確かな情報じゃないけど、万が一の為に・・・」 「万が一の為に・・・?」 シドは話し詰まるジンに続きを聞く。 「火球のブレスが窓に当たったらガラスが割れちゃうニャ、お節介だと思ったけど補強しようと考えたニャ~・・・」 ジンは恥ずかしそうに、しかし何故か落ち込んだ様子で理由を話した。 「それでお前、この工具は自腹で・・・?」 シドは木の板を手に取り、側に止めてある荷台を見る。 「金槌は借りたニャ、板はお金が無いから丸太を買って、それをノコギリで切ったニャ」 「ほぅ・・・」 「桜火にも手伝ってもらったニャ!桜火がほとんどやってくれて、ボクは三枚くらいしか切ってないニャ!」 そう言ってジンは嬉しそうに話す。 「そうかそうか!わざわざありがとな!ただ・・・」 「どうかしたのかニャ?」 「ここにはリオレイアは放たれないんだ、もしそんな危険がある場合は事前に知らせがくるようになっててな」 「そうだったのかニャ~、桜火に悪い事したニャ・・・」 ジンははっきりした様子で落ち込む。 「な~に、せっかくだから補強しようぜ?今脚立を持ってくるからよ!」 そう言ってシドはジンを降ろし、工房に向かって行った。 それから数十分後、花火が打ち上げられ、鐘が鳴り、狩猟祭の始まりを知らせる合図が街に響き渡る―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「ホレ、お前の相手は向こうだぞ~~っと」 そう言いながら桜火は自分に向かってくるランポスを棒で突付く。 その先端からは数瞬炎が舞い上がり、ランポスを怯ませる。 「ギャァ!ギャァ!」 ランポスは短く咆哮すると、桜火に背を向けて逃げ出す。 「ここはサイクスがいるから大型モンスターの警備の心配もねぇし、楽だな~」 桜火は余裕綽々(シャクシャク)で煙草に火を点け、リョーに話しかける。 「あぁ、今頃他のメンバーはどうなってるかな・・・?」 リョーも煙草を吸い始める。 「リョー!!桜火!!」 騒がしい街の中で聞こえる自分達を呼ぶ声、その先にはエリーが立っていた。 「ど~した~?なんかあったのか~?」 「ハァ、ハァ・・・」 エリーは走ってきたらしく、息を切らしている。 「大変なの!工業区で“ショウグンギザミ”が・・・」 「おいおい、上級指定のモンスターを街に開放したのかよ?」 リョーは驚いたような口調で話す。 「で、警備を離れてまでなんでここに?」 桜火は真面目な口調でエリーに問う。 「参加者は中級ランクで、すぐやられちゃったの!それで、警備の上級ハンターも・・・」 「何てこったよ、今工業区はどうなってんだよ?」 リョーは現在の状況を聞く。 「今はクロがなんとか引き受けてる、でも戦えるのはクロ一人なの!だから早く助けに行って・・・」 「ここ任せた、警備場所交代だ!」 桜火はそう言うと、工業区に向かって走り出した。 「サイクスがいるからここは安全だ、お前は少し休んでろ!」 リョーは桜火を追いかけながら、少し後ろ向きにエリーに指示を出す。 「早くしないとクロが、早く・・・」 エリーはそう呟くと、足の力が抜けたように座り込む。 「ちくしょう、なんで上級指定のモンスターを狩猟祭なんかに・・・」 リョーは桜火に追いつき、商業区と工業区を結ぶ分かれ道へと走りながら話しかける。 「お上の考える事はわからねぇよ、それより街を守るほうが優先だ」 桜火はリョーが追いついたのを確認すると、さらに速度を上げる・・・が。 ―バビュン― 工業区ではなく、商業区に放たれたリオレイアのブレスが二人の前を通り過ぎる。 飛んできた方向を見ると、リオレイアは自分達の方へ向かって走ってきている。 「ギャオォォォォン!」 「ちっ、こんな時に・・・」 リョーは右腕についているランスの盾を構える。 ―ガァァァァン― 「・・・サイクス?」 桜火はリョーの前でリオレイアの突進を防いでいるサイクスに驚き、つい名前を呼んでしまった。 「俺の獲物だ、お前らが手を出したら俺の点数が減っちまう、どこに行くか知らんがさっさと行け!」 「サンキューな、サイクス!」 桜火は礼を言うと、工業区に向かって再び走り出す。 「恩にきるぜ、優勝できるといいな!」 リョーも礼を言うと、桜火を追いかけ始める。 「ふんっ、なに応援してんだか・・・」 サイクスは少しニヤけ、逃げる二人の方向を見るリオレイアの横顔を睨みつける。 「ど~こ見てやがんだよ?」 そう言ってサイクスは防御していた太刀を上段に構え直し、一気にリオレイアの首筋めがけて振り落とした―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「うわぁぁぁ!」 クロウは前方に大きくダイブし、ショウグンギザミの鎌の一撃をギリギリで避ける。 その手には、自慢のハンマーは握られておらず、“逃げるのが精一杯”といったような感じだった。 それもそのはず、上級指定された“鎌蟹”の二つ名を持つショウグンギザミは、 両方の手に大きな鎌を持ち、背中には大きな貝殻を担ぎ、複数もの脚をもつ、青い甲殻をしたモンスターだ。 獲物を切り裂き、どんな攻撃をも防ぎ、高速で移動するこのモンスターは、 上級指定されていてもおかしくないほどの凶暴さと、確かな強さを持っていた。 中級ランクのクロウは、今始めて上級のモンスターと対峙し、その強さを身をもって感じていた。 「う、くそ・・・」 ショウグンギザミの複数の脚から成る高速移動ですでに追い詰められたクロウ。 恐怖で足がすくみ、起き上がれずに後ずさりするしかなかった。 その目の前でショウグンギザミは、獲物を真っ二つにしようと左右の大鎌を横に構える。 『ちくしょー、ちくしょー!』 クロウは自分の行動を後悔し、心の中で叫ぶ。 目の前でショウグンギザミの大鎌が振られる・・・。 ―ギィィィン― 「い~いタイミングだ、ヒーローみたいだろ?」 目の前には、リョーと桜火の姿があった。 リョーは大きな盾で片方の鎌を防ぎ、桜火は鎖が巻かれ、硬度が増した棒で鎌を防いでいる。 「た、助かった~~~」 クロウは深くため息をつき、立ち上がる。 「早く行け、ハンマーは後で回収すっからよ」 桜火は腕を震わせながらクロウに話す。 「ありがとう、後は任せたよ!」 そう言ってクロウは工房の中へ非難する。 それを追おうとショウグンギザミもクロウの方を向く、が。 ―ザシュゥゥ― リョーのランスがショウグンギザミの脚に突き刺さる。 「どこ見てんだよ、相手は俺達だぜ・・・?」 リョーは右手に持っているランスでショウグンギザミの脚を数回突き刺すと、少し距離をとるために後ろに跳ぶ。 ―ガンッ、ボワッ― リョーの方に振り向いたショウグンギザミの顔面に、桜火の連撃が的確に当たる。 棒の先端が激しく衝突する度に、衝撃の度合いで大きな炎、小さな炎と、色々な炎が舞い上がる。 「キシャァァァァァ」 ショウグンギザミは鳴き声を上げ、大鎌を振り上げた―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「ハァ、ハァ・・・」 全速力で工房に入ったクロウは、工房内部を見渡す。 そこには、傷ついた参加者と、他の警備をしていたハンターが大勢非難していた。 「ニャ~、クロ、怪我はないのかニャ~?」 ジンは入ってきたクロウに話しかける。 「あぁ、左腕ぐらいかな、リョーと桜火が助けてくれてさ」 「ニャ!桜火がいるのかニャ?それなら安心ニャ~~」 「いや・・・」 ジンが安心したその後ろで、シドが呟く。 「王宮から送られてきた手紙には狩猟祭開始30分後にドドブランゴが放たれると書いてある、安心はできん」 「マジかよ・・・」 クロウはシドの通告に、驚いた表情を見せる。 「あと5分以内に仕留められなければ、工業区は大変な事態になるだろう・・・」 シドは工房に飾られている大きな剣を手に取る。 「最悪の事態の場合は、俺達武具職人が全員で狩猟祭に参加してやるよ!」 シドは“ニカッ”と笑いながら、ジンを安心させるように大きな声で話した。 「ニャ~・・・」 ジンはそれでも完全に安心はできず、下を向いたままだった。 「んニャー!いいこと思いついたニャ!」 そう言ってジンは一目散に工房から出て行く。 「お、おいジン!危ねーぞ、どこ行くんだ!?」 シドはジンを引き止める。 「ニャー、大丈夫ニャ、ボク達アイルー族はモンスターに見つからないように移動するのが得意なのニャー!」 そう言ってジンは素早く四本の股を使い、工房を出て行った―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「あ~くそ、このままじゃラチがあかねぇよ・・・」 桜火は溜まっていたもどかしさを抑えきれず、ついにイライラを声に出してしまった。 善戦はしていたものの、リョー達の攻撃は硬い甲殻に遮られ、いまだに会心の一撃を与えられずにいた。 「しょ~がねぇ、とっておきだ!!」 そう言ってリョーはランスを、ショウグンギザミの背負っている貝殻に向ける。 「南無三・・・、当たれよ~~~」 そう呟くリョー、しかし・・・。 ―ザシュンッ― 突然のショウグンギザミの攻撃。 複数の脚からは不可能と思われた急旋回、そして回転の勢いをつけた鎌の薙ぎ払いがリョーの左手の盾に当たる。 「うおぉぉぉぉ!?」 運良く盾で防御した形になったリョーは、傷はないものの、大きく吹っ飛ばされた、と同時に・・・。 ―ドガァァァァン― リョーのランスの先端から、凄まじい爆音と共に炎の塊・・・という表現が正しいのか、異様な物体が発射された。 「それ、“ガンタイプ”だったのかよ・・・」 桜火はリョーに向かって呟く。 「ちくしょー、外しちまった、やっぱり隙がねぇと当たらねぇなコレは・・・」 リョーは悔しそうに声を発して立ち上がる、ダメージはほとんどないようだ。 “ガンタイプ”とは、ランスの長いリーチを生かしながら、さらにその先端から弾丸を発射するランスの事だ。 一般的には“ガンランス”と呼ばれ、種類ごとに弾の装填数、発射の型も色々ある。 リョーの持っている〔―紫閃光―〕は、放射型のガンランスだ。 「キシャァァァァァ」 ショウグンギザミは、獲物が無傷なのを確認すると、さらに追い討ちをかけようとリョーに向かって歩き出す。 桜火はリョーを助けようと、ショウグンギザミを追いかける・・・が。 「グオォォォォォォ!!」 突然の咆哮、大きく、そして低く響き渡る重低音は、工業区の空気を一瞬にして変えた。 「マジかよ・・・」 桜火が咆哮のした方を見ると、そこには白い体毛、大きな体格、長い牙。 人間に似た容姿をしながら、その骨格は人間よりも大きく、腕は丸太のように太かった。 そこに見えたのは、雪山に君臨する牙獣、“雪獅子”の二つ名をもつ“ドドブランゴ”のその姿だった。 ―ズタッズタッ― ドドブランゴは目の前の桜火に向かって走り出す。 桜火は予測しなかった事態と、ショウグンギザミの様子も気にかかり、反応ができなかった。 ショウグンギザミの三倍はあろうと思われる速度で桜火にどんどん近づくドドブランゴ、その時。 ―ボガァァァン― 「ガゥゥゥゥ!?」 突然の脇腹への衝撃で桜火へ続く軌道から横にそれるドドブランゴ。 バランスを崩し、横転しながらもすぐに体制を立て直したところからして、ドドブランゴの身体能力が高いことがうかがえる。 「カイ!」 桜火はドドブランゴとは反対のほうを向き、自分を助けた仲間の名前を呼ぶ。 「危なかったな~、俺がいなけりゃ大怪我だぞ?」 そう言ってカイは桜火に駆け寄る。 「そうだ・・・、リョーは!?」 桜火ははっとして後ろを振り返る。 ―ガギン、ザシュゥゥ― 桜火の視線の先では、シュウが自慢の槍を華麗に振り回し、ショウグンギザミの鎌にも負けず劣らずの攻防を繰り広げていた。 リョーはシュウに気をとられているショウグンギザミの隙をついて、丁寧に脚にガンランスを突き刺している。 「シュウも・・・、誰が伝えたんだ?」 「アイツだよ、ほらあそこで低く移動してる・・・」 桜火はカイの指差す方向を見ると、そこには尻尾を天空に突き上げ、ホフク前進をしながら工房に避難するジンの姿があった。 「ジン!サンキューな!」 遠くにいるジンに向かって大声を出す桜火。 「ニャー!モンスターに気付かれちゃうニャ!ボクを呼ばないでほしいニャ!」 そう言ってジンはホフク前進を中断し、二本の股で一目散に工房の中へ逃げた。 「グォォォォォォ!!」 獲物を仕留めることができず、怒りをこめたドドブランゴの咆哮が、今一度工業区に響き渡る。 顔を真っ赤にし、先程よりさらに速さが増したドドブランゴの突進。 「おっと」 桜火は今度は油断もしておらず、いとも簡単に突進をかわすと、棒を構える。 「さて・・・、猿蟹合戦といくか!」 そう言って桜火はドドブランゴのほうへ走りだす。 「って言うか、蟹も今回は敵みたいね・・・、猿蟹合戦じゃないだろこれは」 カイは桜火にツッコミをいれると、新しい弾丸を装填する。 前回のアルバレストよりも装填が早く、ドドブランゴが桜火の間合いに入り込む前に装填は完了していた。 ―ドンッドンッ― カイの放った通常弾がドドブランゴの左手に的確に命中する。 胴体よりも皮や毛が薄く、衝撃が大きく伝わる手の甲に弾が当たったドドブランゴは一瞬怯む。 ―ガッ、ボゥ― 一瞬の隙を逃さず、ドドブランゴの顔面に棒の打撃を繰り出す桜火。 衝撃の度合いによって大きな火、小さな火がドドブランゴの顔面を焼く。 「グォォォ!!」 短く咆哮し、怒りを表すように頭上で両手を暴れさせるドドブランゴ。 その後ろでは、リョーとシュウがショウグンギザミと戦っていた。 「よーしシュウ!少しでいい、隙を作ってくれ!」 ガンランスの砲撃による最高の攻撃方法である“竜撃砲”。 威力は全武器中で一番とされ、トドメなどに使われることが多いこの攻撃は、 砲撃による大きな威力の代わりに、発射までの時間、そして発射してから次の発射準備ができるまで少し時間がかかる。 砲撃によって熱くなった銃身を冷却しなければ、また次の発射ができないのだ。 リョーは先程竜撃砲を外してしまったために、しばらく竜撃砲を撃つ事ができなかった。 しかし冷却終了、そして発射準備ができた合図の音を聞き、 リョーはシュウにショウグンギザミの注意を引き付けてもらう役を頼む。 「はいよ、任せておきな!」 シュウは快く承知、それと共にショウグンギザミに更なる猛攻をかける。 通常、モンスターの注意を引き付けるのは危険な行為で、 下手をすれば自分がやられてしまう、ハイリスクハイリターンの賭けでもある。 組んだばかりのパーティーでは、“信頼できない”などの理由で、こんな作戦もできずに終わってしまう事もある。 しかし、リョー達のチームは何度も死線をくぐり抜けてきた仲間。 お互いがお互いの背中を預けられる、そんな意識を心の底で思っていた。 シュウはリョーを信じ、囮を承諾した。 リョーも同じく、シュウが絶対に隙を作ってくれると信じ、竜撃砲のチャンスを静かに待っていた。 ―ガギン― ショウグンギザミの鎌と、シュウの槍が同時に動き、硬い金属質のモノがぶつかる音がする。 シュウは槍の柄部分を地面につけ、それを支えるように鎌を防ぐ。 “鎌蟹”と恐れられ、鋭利な刃物を両腕にもつショウグンギザミでも、金属の刃を斬ることはできなかった。 しかし木製の棒部分はもろく、今にも折れそうなところをシュウの腕が懸命に支えていた。 「く・・・、リョー!!」 シュウは仲間の名前を呼ぶ。 期待に答え、獲物の隙を作った、あとはリョーがなんとかしてくれる、そう信じて合図をする。 ―キュゥゥゥゥゥ― リョーのガンランスから音がする、竜撃砲発射の合図だ。 「離れろーー!!」 リョーが叫ぶと同時にシュウは槍と共にショウグンギザミの眼前から二、三歩交代する。 ショウグンギザミがそれを追おうと鎌を振りかざし、歩き出そうとしたその時。 ―ドガァァァァァン― リョーの竜撃砲はショウグンギザミの堅固な殻を突き抜け、その衝撃は顔面まで貫通した。 ショウグンギザミは鎌を力なく振り下ろし、力尽きる・・・。 「ふぅ・・・、やっぱコレだよな」 そう言ってリョーはガンランスをまた腰に差す。 「あ~きつかった、次から囮は桜火にやってもらおう・・・」 シュウも槍を背中に背負い直し、浅いがショウグンギザミの鎌につけられた傷に止血剤を塗る。 「ん~~、カイ達はどうなったんかな~?」 リョーは煙草に火をつけ、物音のする方向に目をやる。 ―ドサッ― 「お、桜火!?」 「くそ・・・いてぇ」 煙草を吸っていたリョーの目の前に転がったのは桜火。 リョーは驚き、一瞬たじろいだが、ドドブランゴの注意が桜火に向けられていないのを確認すると、桜火に近寄る。 「おいっ、だいじょぶか?」 リョーは桜火の意識を確かめようと、少し揺らしながら問いかける。 「あぁ、一応ガードしたけど・・・、にゃろぅ」 「無理すんな!少し休んでろ!」 桜火は慣れない棒で戦ったためか、防御はしたものの、ドドブランゴの剛力で吹っ飛ばされたみたいだ。 その際、背中から着地したために、しばらく全身が麻痺している様子だった。 「ちぃ・・・、アイツは?」 「今シュウが向かってった、カイとシュウのコンビならしばらくは大丈夫だろ」 リョーは桜火を安心させたが、ドドブランゴの方を見た瞬間、緊張が走る。 「シュウ!カイ!標的はどこだよ!!」 大声でシュウとカイに状況を聞くリョー。 「あっちだ!」 カイは走るシュウに向かって指を差す。 カイが指を差す方向を見ると、ドドブランゴは応援に駆けつけようとした工房の職人の目の前に立っていた。 「う、うわぁぁぁぁ!!」 工房を出る時は一撃でもいいから、工房区を荒らした相手に一泡吹かせてやろうとした青年だったが、 目の前にいるのは想像より大きく、恐ろしい眼をしたドドブランゴに“恐怖”の感情が出てしまい、硬直してしまっていた。 「グォォォォォ」 小さく唸り、腕を振りかざすドドブランゴ、その時。 「させないニャーーー!!」 青年の前に現れたのは、小さな小さな、獣人族のジンだった。 「グォ?」 突然現れた獣人族に、一瞬動きが止まるドドブランゴ。 「ボクは、ボクの大好きな人達を守るんだニャー!!」 そう言って、小さくも、力強く両手を広げ、青年の前に立ち、必死に守ろうとするジン。 その毛並みは、恐怖なのか戦闘本能なのか、明らかに逆立っていた。 「グァァァァ」 ジンの威勢も虚しく、またも小さく唸りを上げ、腕を振り上げるドドブランゴ。 「ジン!!」 桜火の声が工業区に響く。 ―ドォォォォン― 「ぐぁぁっ」 大きなな衝突音が聞こえたかと思うと、苦しみの声がかすかに聞こえた。 「お、親方ーーー!!」 青年はいまだに尻餅をつきながら、苦しんでいる男を呼んだ。 「お、親方さんニャ!?」 ジンはその場所より少し離れた場所から起き上がり、親方――そう、シドを呼んだ。 「あぁ・・・大丈夫だ」 明らかに痩せ我慢で、しかし安心させようとする気持ちが伝わるような、そんな笑顔でジンに応答するシド。 ―ザシュンッ― 「ギャン!?」 突然の尻尾の激痛で飛び上がるドドブランゴは、バランスを失い、横転した。 そこには、ドドブランゴの長く、リーダーの風格ある太い白色の尻尾が切断されていた。 「ハァ、すいません、間に合いませんでした・・・」 シュウは全速力で走ったのか、息を切らしながら短く挨拶をする。 「なぁに、期待はしてなかったさ」 少し痛みが治まったのか、工房入り口の壁に寄りかかり、ため息混じりに挨拶を返すシド。 「ニャ~、親方さん、ごめんなさいニャ~・・・」 落ち込むジンは、親方のドス黒い右腕を見ながらシドの隣に座りこむ。 「気にすんな、それより気をつけろ、起き上がってくるぞ」 そうシドが言うと、シュウはドドブランゴのほうへ再び注意を向ける。 「グゥゥゥゥゥ」 ドドブランゴは怒りの唸り声を低く、小さく上げ、シュウを睨む。 「おやっサン!!」 大きな声でシドを呼ぶのは桜火。 体の痺れが取れたのか、小走りに近づいてきた。 「カイ!シドの手当てを頼む!俺が守ってるから!」 そう言ってリョーは追いついてきたカイに指示を与えると、シドとドドブランゴとの間に立ち、盾を構える。 「桜火!!」 シドは座り込みながらも、桜火に向かって叫ぶ。 「そいつぁ俺の最後の作品だ、無様に使ったら承知しねぇからな?」 「ハッ、そんな口叩けるなら手当ての必要はねぇな・・・」 そう言って桜火はドドブランゴを睨み、棒を大きく振り回し、威嚇する。 「しょうがねぇから引導は俺に譲ってくれよ、シュウ?」 「はぁ・・・、ま~たおいしいとこ持ってくのね桜火は」 そう言ってシュウも槍を軽く振り回したかと思うと、ドドブランゴに向かってその槍を投げた――。 ―ザンッ― 「ギャゥゥ!?」 右腕を回転させ、一気に飛びかかろうとしたドドブランゴの一瞬の隙を、シュウの槍は的確に捉えた。 槍の先端は毛の薄い脇付近に見事に命中し、ドドブランゴの体に深くめり込んだ。 突然の激痛に一瞬油断し眼が眩んだものの、再度シュウの方を見た瞬間――。 ―ガゴンッ、ボワッ― 桜火の棒が、ドドブランゴの喉奥深くへ突き刺さった。 と同時に、桜火は数回、喉奥を棒で突く。 その度に小さく爆発音のような音が聞こえ、ドドブランゴの口から少しだけ炎がはみ出る。 「じゃーな」 そう言ってドドブランゴの口から棒を抜き取った桜火は、 すでに脳を多少焼かれ、意識が朦朧としているような様子のドドブランゴの即頭部に、回転させ、勢いをつけた棒を叩き込んだ。 ―ゴォォォン― 硬い、何かがぶつかるような音がしたかと思うと、ドドブランゴはそのまま崩れ落ちるように転がった。 「ふーーーー」 深呼吸した桜火、その後ろでシュウも気が緩んだのか、ゆっくりとドドブランゴに近づく。 「やーーーーっと終わったな」 近づいてきたシュウに話しかける桜火。 「あぁっ!親方は!?」 シュウはドドブランゴに刺さった槍を抜き取ると、親方のほうへ走る。 そこには、意識がない親方が座ったまま、瞳を閉じていた。 「お、オヤッさん!!」 桜火が工房長の一番弟子、武具工房の親方を呼ぶ声が響いた―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「いや~親方、一時はどうなるかと思いましたよ・・・」 工房の職人達が、退院したシドを囲む。 「ところで、職場復帰はどうなんすか?」 「早く親方の仕事をまた見たいっすよ!」 「親方!ハンマーの作り方をまた教えてくださいよ!」 それぞれが、シドに思い思いの言葉を投げかける。 しかし、シドの表情は少し暗い。 「あ~、それなんだが・・・」 声を出したのは工房長。 年齢的には老人だろうか、この街が始まってからの職人で、 現在は現役を引退したものの、工房長として若き職人達に技術を継承させている人物だ。 「師匠、それについては自分から言います」 真面目な口調で他の職人達を見回すシド。 職人達も、シドの真面目な口調に、一気に静まり返る。 「実は・・・」 「お~オヤッさん!退院したか!」 「桜火!!」 そこに入ってきたのは桜火。 「ったく、気絶なんかしやがって、ちょっと本気で心配しちゃったじゃねぇか!」 そう言いながら、鼻息混じりにシドを見る桜火。 「どうしたんだ?残念だが依頼は受けれねぇぞ?」 「いや~、こいつがよ・・・」 そう言って桜火の足元から“ひょこっ”と現れたのはジン。 「ニャ~・・・」 「おぉ、ジン!久しぶりだな~~、元気か?」 姿を見せたジンに、シドは元気よく声をかける。 しかしジンは、落ち込んだ様子で下を向き、シドを見れないでいた。 「ホレ、なんとか言えよ」 そう言ってジンの背中をちょこんと押す桜火。 しかしジンは小柄な獣人族なために、押されて少し前に出てきてしまった。 「どうしたジン、元気がねぇぞ?」 シドは落ち込んだままのジンの前へより、しゃがんでジンを見る。 「ニャ~、親方、本当にごめんなさいだニャ・・・」 ジンは親方に頭を下げ、親方の顔を見上げる。 「な~に、お前はこの工房の職人を守ろうとした、俺はそのお前を守ろうとした、ただそれだけの事だろ?」 そう言ってニヤけながらジンを右肩に担ぎ、ジンを元気付けるシド。 「でもニャ、本当に申し訳ない事になったニャ、だから、その・・・」 「なんだ?」 実はリョー達リュウゼツランと、その場にいたジン、工房長はシドの診断結果を知っていた。 シドの右腕は肘をまともに潰され、骨などが粉々に損傷し、二度と金槌を握れない腕になってしまったのだ。 「その・・・、あの・・・」 「あ~~~~~、じれったいな、早く言え!言っちまえ!」 モジモジするジンに桜火はせかす。 「えっとニャ・・・、うんとニャ・・・」 「なんだ?なんでも言ってみろ?」 シドはジンに優しく声をかける。 「・・・・・そいつ、武具職人になりたいんだとよ」 「あぁっ!桜火!なんで言っちゃうのニャ!」 「お前がモジモジしてっから~~」 ―・・・・・・・・・― 工房に沈黙が広がる。 「本当か?」 最初に口を開いたのはシド。 小さく頷いたジンは、シドの肩から降り、下からシドを見上げ、大きな声で言う。 「ボクは前々からこの工房の職人さんに憧れてたニャ!でもボクは獣人族だから、きっと相手にされないと思ったニャ、でも」 一瞬言葉詰まったジンだが、すぐに続ける。 「でも、親方の腕を折ったのはボクニャ!だから、だから・・・」 「・・・だから?」 またしても言葉詰まるジンに、厳しい目で睨む親方。 その厳しい目は、純粋で、奥が静かに光っているジンの目をしっかりと見ていた。 「絶対に親方の代わりになってみせるニャ!だから、ボクを親方の右腕として使ってほしいニャ!!」 ―・・・・・・・・・― またしても沈黙が広がる工房内。 空いた口が塞がらない様子の職人、その後ろで少し二ヤけながら髭をさする工房長。 そして真っ直ぐ親方を見るジンの後ろで、腕を組みながら桜火はニヤニヤしながらシドに言う。 「だってよ、どうすんだオヤッさん?ちょいとシュウの槍が壊れちまったとこなんだがよ?」 「そうか・・・」 そう言ってジンの頭に手を当てながら親方は口を開く。 「いいだろう、だが俺の右腕としてじゃない、お前はお前でやれるところまでやってみろ!」 「ニャ!?」 「その代わり、俺の身の回りの世話、工房の雑用、他の新米職人と同じ扱いにするからな!覚悟しとけよ!」 そう言って親方は裏へ向かって行く。 「明日の朝、またここへ来い、待ってるからよ?」 そう言って親方は裏へ入って行った。 ジンは現実を受け入れられないのか、ポカーンとしている。 「だってよ、よかったな!」 そう言ってジンを肩に乗せ、他の職人達の輪の中へ向かう桜火。 「か~、お前ってやつはなかなか男気があるんだな!」 「明日からよろしくな!ジン!」 「直接親方から指導してもらえるなんて、お前はうらやましすぎだぜ・・・」 他の職人達からも、歓迎の声がジンにかけられる。 「ニャ~~、みなさん、よろしくお願いしますだニャ~~~!!」 そう言って桜火の肩で全員にお辞儀するジン。 工房裏では、シドが涙を流しながら、静かに笑っていた―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ハンターの生活にはかかせないものの一つ、武器と防具。 それを作る職人達にも、色々な種族がいる。 それぞれが、それぞれの思いで鉄や骨、皮や鱗に魂を吹き込み、新たな形を作り出す。 ジンは自分の憧れの存在を守ろうとし、結果、憧れの存在の命を壊してしまった。 しかし、自分の熱意を伝え、獣人族というハンデを乗り越えながらも、憧れの存在になる事を決意し、認めてもらえた。 この世界では、ハンデを抱えながらも、懸命に生き、そして何かを残していく人が大勢いる。 山を登ろうとして偶然出会った桜火の後押しもあってか、ジンは職人への道へ進んだ。 “道すがら”出会った出来事は人それぞれ。 命を失ったかと思えば、今度は自分の意思を継げる者に出会い、新たな道を歩き出す。 それはどの世界でも、自然にある出来事なのだろう―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ≪終≫ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ |